学校創立五十八周年目を迎え,ここ広島城北中・高等学校の校庭の木々も,春の訪れを感じさせるかのごとく,新しい芽をふき,若さあふれる今日の佳き日に,中学校百六十五名、高等学校二百二十三名の新入生の皆さんと保護者を迎え,中学校第六十回、高等学校第五十八回の入学式を挙行できますことに,心からお礼とお祝いを申しあげます。
 さて,新入生のみなさん,みなさんは六カ年あるいは九カ年間の義務教育を終え,選抜試験を突破し,晴れて,自らの意志で決定し合格した広島城北中学校、高等学校に入学しました。本校の教職員をはじめ,皆さんの先輩もその努力をたたえ,晴れの入学式を温かく迎えています。
 いよいよ本日から新しい学校生活が始まります。本日まで皆さんの成長を願い,育て育んでくれた小・中学校の先生方をはじめ,保護者の方々は,新しく中学校・高等学校での皆さんの努力と飛躍を,心から希望しておられることと思います。私たち教職員一同も,皆さんの期待に応えるべく総力をあげて支援する決意でおります。
 去る三月一日には第五十五回生が,自らの進路目標に向かって努力し,大きく羽ばたいていきました。皆さんにも人をたのまず自らを信頼し,学びそして知ることに喜びを持ち,心身を鍛え,自らを制する精神をもって,二十一世紀の国際社会に向かって雄々しく飛び立っていった,先輩たちに続いて欲しいと思います。
 本校には素晴らしい校訓でもあり,いわゆる箴言、いましめの言葉があります。それは「学んで厭かず、教えて倦まず」ということばです。何事にも立ち向かっていこうとする気概と誇りを持った生き方を通して,自分を大切にするとともに,人をも大切にして生きていこうとする気持ちを語っていると私は理解しています。
 さて、一生青春、生涯青春ということばがよく使われますが、これは人の一生というか、生涯にわたって、いつも若々しい、はつらつとして新鮮だということです。青春は、誠の心と書く「せいしん」、精神的という「せいしん」、生で新しいと書く「せいしん」、につながるともいわれるのですが、まさに、文字通り生き生きとして、つねに新しくあることなのです。
 Nobody grows old merely by a number of years. We grow old deserting our ideals.
「我々は単に重ねた年の多さによって老いるのではない。理想を失うことで老いるのだ。」
 これは、この度の高校卒業式でも紹介しましたが、サムエル・ウルマンという人が、青春とは単なる人生のある期間をいうのではなく、心の持ち方をいうのだと、心のあり方を強調した言葉です。しかも、人間というのはただ単に年を重ねただけでは、年齢を経ただけでは老いないものだが、理想を失うとそこからはじめて老化してくるというのです。つまり、理想を失くしたとき、夢もしくは、希望を失ったときから、人間は老いてくるのだといいます。
 みなさんはいま、自分の持っている能力を駆使して、高まいな理想を実現しようという気持ちでいっぱいだと思います。それこそ、われを、自分を忘れて学習に熱中します。
ときには校庭で全身汗と泥にまみれながら、一つのボールを追い、全力をつくして戦います。それは大変美しく、感動的でさえあります。
 私たちにとって大事なことは、自分のやるべきことに、全力投球していくこ
なのです。若さというのは、自分の目標に向かって、それこそ理想に向かって
情熱を燃やしていく目の輝きなのです。
 みなさんは、これから大海に向かって漕ぎ出していこうとしていますが、大海原のかなたには,必ずやみなさんの探し求めるものが待っています。確かな羅針盤を持ち、心を豊かにして,大きな気持ちでこれからの学校生活に果敢に挑戦していただきたいと思います。
最後になりましたが,保護者の皆様,本日は,誠におめでとうございます。本日よりお子様をお預かりいたします。私たち教職員は一丸となって,精一杯指導に打ち込み,保護者の皆様をはじめ,地域の方々の期待に応えられる教育を推進してまいります。本校教育と本校教職員への変わらぬ信頼と,ご理解,ご協力を賜りますよう衷心よりお願いして,式辞といたします。