「教育っていうのは、まず楽しませて、興奮させて、そして教える。ところがその、楽しませる、興奮させるところをやらないで、いきなり教えに入るから子どもにとって一番大事なところが欠けてしまう。」

 これは、大前研一さんが『柔らかい発想』という本の中で紹介されている言葉です。大前さんは、日本の教育は知識詰め込みであって人間形成という大切なところが欠けている、と常々考えていたそうです。

 遊びの中には社会に出たときに役立つケーススタディーがいっぱいあるのに、遊ばないで「正解」を求める勉強ばかりしている。これでは視野の広い人間形成が望めない。「答のないことを学ぶ、つまりは回答を引き出すのではなく、問題を広い視野で考えることを日本の教育はやっていない。」と大前さんは憂いを隠せなかったそうです。

 同様に日本語学者の金田一秀穂さんが、『16歳の教科書』という著書の中で、「言葉とは覚えるものではなく、考えるもの」を説明するにあたって、あなたが国語辞典をつくることになり、「右」という概念を言葉を使わずに説明するとしたらどうしますか、というくだりがあります。「左の反対側」「箸を持つほう」も左利きの方もおられるので使えない等々、様々な答えが出てくることになる。右も左も、みんなが知っているはずのことなんだけど、いざそれを説明しようとすると、すごく難しいことがわかる、と述べています。これは国語を学ぶことの楽しさ、いわゆる国語力をつけるための手段の説明にも繋がっていきます。うまい答えが出れば、やはり方程式が解けたときと同じくらいの興奮や喜びがあると説明されています。まさに現在教育が向かっている新たな局面に繋がるものと思います。

 新しい年度がスタートしました。これから教育は、まさに「何を知っているか」から「知っていることをいかに活用するか」という方向に流れが大きく動き始めています。新しい年度が始まるにあたってお二人の言葉は、教壇にたつ者として常に心すべき事だと認識を新たにした次第です。

 令和2年度、生徒たちと一緒になって新たな城北教育を創造してまいります。今年度もどうぞ変わらぬご支援、ご協力をお願いいたします。