東京オリンピックが始まりました。コロナ禍にあって、開催の是非を問う声がある中、日本選手の大きな活躍がメディアで報道されるこの1週間でした。その中、競泳女子で初の2冠を達成した大橋選手の恩師が、彼女の反復練習の徹底ぶりを語る場面が心に残りました。練習量に耐えてきたことをエモーショナルに強調するのはスポーツ解説の常ですが、このことは精神論だけで語ることは出来ないと思います。継続して量をこなし何か偉業を達成することは、大きな才能であり、天才といわれる人たちの多くが共通して持っている優れた資質ではないでしょうか?

これも選手を取り巻く人のことばから。2度目の金メダルを獲得した女子ソフトボールの伝説的存在である上野投手に付き添いケアをしてきたトレーナは、彼女がその都度投げ方を変えながら超人的な連続登板を乗り越えてきたと語っていました。そして投げ方をつかんだと彼女が彼に語った最後の試合の最終登板の場面で、勝利を確信したと語っていました。自分流に解釈すれば、一流の選手が持つメタ認知能力と修正能力。ここでいうメタ認知能力とは、より高いレベルのものを求めて努力をしてきたものが掴む視点と感覚、あるいは身体イメージのようなものを想起しています。凡庸な私の想像でしかありませんが・・・・

修正と簡単に言いますが、通常文章を書くときに文字面を変えることとは全く異なる世界でしょう。一瞬・一度きりという意味において。鍛えられ研ぎ澄まされた身体の動きを試行錯誤の中でコントロールする。ミリ未満、0コンマ00レベルでの判断と修正に勝敗を決する要因が宿っている世界。競技の醍醐味の一つはこの点にあるのではないでしょうか。

継続する力と修正する力、そしてこれらを支える極限の場面でのメンタルと身体のコントロール等、勝利の感動に加え、オリンピックには様々な示唆をいただいています。

人類が持っている可能性の一つの極限を示す世界だとしたら、この夏に開催すべきだったかどうかという議論は別にして、勇気をいただく機会にはしたいと思います。

生徒の皆さんは、どう受け止めているのでしょうか?

暑中お見舞い申し上げます。  

感染予防をこころがけ、良い夏休みを。